更新日:2026年3月3日更新
円井わん(まるい わん)さんの両親は、共働きで家事もすべてこなしながら大阪で2人の子どもを育てた会社員夫婦です。
共働きの多忙な母、猛反対からの上京許可、猫を一番溺愛する父——。
女優の道を誰より反対していた母が、あるひと言で背中を押してくれた。
その「24歳の約束」とは何だったのでしょうか。
この記事では以下の内容について詳しくご紹介します
- 円井わんの家族構成(父・母・兄の4人家族)
- 多忙な母親の素顔と感謝エピソード
- 猛反対から一転した「母の24歳の約束」の背景
- 父親の知られざる一面(猫溺愛の逆転エピソード)
- 兄との関係が育てた空手と女優の原点
女優・円井わんを形作った家族の絆と温かさの正体が、この記事で見えてきます。
円井わんの家族構成は4人家族
父・母・兄・本人の4人家族
円井わんさんの家族構成は、父・母・兄・本人の4人家族で、実家は大阪府にあります。
父母・兄はいずれも一般人のため、氏名・顔写真・詳細な職業は公表されていません。
家族全員が芸能界と無縁の一般家庭で育ったことが、女優を目指すうえでの最初の壁になっていました。
本人は2022年のインタビューで、両親の反応についてこう語っています。
私の親は普通の会社員なので、こういう仕事があまり分からないらしく、最初はすごく反対されました。でも、ここ1年ぐらいで「頑張って」と応援してくれるようになりました。
出典:TVfan(共同通信)(2022年10月11日)
「反対から応援へ」という変化の軌跡が、この一言にすべて詰まっています。
ごく普通の会社員家庭から女優への道を切り拓いたという事実が、この発言からリアルに伝わります。
共働きの両親に育てられた鍵っ子時代
円井わんさんの両親は共働きで、土曜日も仕事があることが多く、幼少期は鍵っ子として過ごしていました。
1人で留守番をする時間が多かった一方、インコ・熱帯魚・カブトムシなど動物が絶えない賑やかな家庭環境でもあったと本人は語っています。
自分から進んで動物を迎え入れてきた背景には、幼少期から命と触れ合い続けた家庭環境が大きく影響していると考えられます。
円井わんの母親はどんな人?

朝から晩まで仕事と家事をこなした母の背中
円井わんさんの母親は、仕事をしながら弁当・洗濯・掃除・夕飯・お風呂まで一手に担う多忙な人物です。
本人は2024年7月の公式noteに、次のように綴っています。
朝から晩まで仕事に勤しみ、お弁当を用意し、帰ってから洗濯、掃除、夕飯、お風呂。母は物凄く忙しい人で、今思うともっと手伝える事あったよな。
出典:円井わん公式note(2024年7月9日)
感謝と後悔が入り混じったこの言葉には、母親への深い敬愛が滲んでいます。
子育てと仕事と家事を全力でこなし続けた母親の背中が、幼い円井わんさんにとって最も身近な「働く大人」の姿だったのでしょう。
反対の理由——「普通の会社員家庭」の本音
両親が女優の道を反対した最大の理由は、芸能界という世界そのものを知らなかったことです。
先ほどの発言からも分かるように、反対の本質は「娘を否定したい」ではなく「見えない世界への不安」だったと読み取れます。
さらに円井わんさんは、反対されることを予感して、家族に内緒で俳優養成所のオーディションに応募し続けていました。
その事実が発覚したとき、家族から「やめなさい!」と強く反対されたことも、本人が当時を振り返って語っています。
「普通の会社員家庭」から見れば、女優という選択肢は収入が不安定で将来の見通しも立てにくく、親心から反対するのは自然な感情だったといえます。
猛反対から一転——「24歳の約束」で背中を押した母の言葉
当初は両親・親戚一同が女優の道を猛反対しており、円井わんさんは家族に内緒でオーディションを受け続けていました。
バレたあとも激しく反対されましたが、最終的に母親が期限付きの約束を提示し、上京を認めてくれました。
その「約束」こそが、女優・円井わんの出発点となった言葉です。
やりたいことをやって、24歳でダメだったら帰ってきなさい
出典:シネマルシェ(インタビュー)
「24歳」という具体的な期限を設けることで、娘の夢を全否定せずに受け入れた母親の懐の深さが伝わります。
その後、22歳でキャリアをスタートさせ、朝ドラ出演にまで辿り着いた歩みは、まさにこの約束が原点にあったといえるでしょう。
映画バーでの出会い——デビューへの道
「24歳の約束」を胸に上京した円井わんさんは、映画好きが集まるバーでアルバイトを始めます。
「映画好きが集まるバー」という文字が目に止まって、「これは……」と思って応募したら
出典:NB Press Online(2020年11月12日)
このバーでの出会いが、映画監督・内田英治さんとの縁を繋ぐことになります。
オーディションなし——偶然のキャスティングで掴んだ映画『獣道』(2016年)の出演が、女優・円井わんの公式デビューとなりました。
「普通の会社員家庭に生まれ、親戚一同の猛反対を押し切り、映画好きのバーで掴んだチャンス」というデビューストーリーは、母親の「24歳の約束」なしには存在しなかった縁の連鎖です。
子供優先の子育て方針——私立高校への進学も支えた
両親は共働きながらも、子どもの進路を最優先にする子育て方針を一貫して貫きました。
円井わんさんは大阪府の私立・香ヶ丘リベルテ高校に進学しており、兄も私立高校に在学していたことが本人の発言から分かっています。
同じ公式noteの中で、次のような感謝の言葉も綴られています。
子供二人は私立高校に入学してお金も物凄くかかっただろうし、それでも行きたいとこに行きなさいと子供を優先してくれた両親には本当に感謝してます。
出典:円井わん公式note(2024年7月9日)
共働きの多忙な日々の中、2人分の私立高校の学費を捻出しながら子どもの意志を優先し続けた両親の姿勢。
この「子ども優先」の子育て方針こそが、後に「女優への道を許可する」という決断の土台になったと考えられます。
円井わんの父親はどんな人?

父親との関係——「最近までうまくいかなかった」という本音
円井わんさんは2020年のインタビューで、父親との関係に葛藤があったことを率直に語っています。
芸能活動への反対や地元との距離感が、父娘関係をぎこちなくさせていた時期があったようです。
お父さんとは最近までうまくいかなかったし、地元はめっちゃ嫌いなんです。
出典:mini theater(2020年11月13日)
「最近まで」という表現が示す通り、2020年当時にはすでに関係が改善しつつあったと推察できます。
年月をかけて少しずつ距離を縮め、今では猫を溺愛する父親の姿を笑顔で語れるようになった変化は、時間が育てた絆の証といえるでしょう。
猫の保護に最も反対した父が、今では一番の溺愛者に
円井わんさんが17歳のとき保護した黒猫「こなつ」をめぐり、最も強く反対した父親が今では一番の溺愛者になるという展開がありました。
親も猫好きではなく、特に父親は飼うことに最初すごく反対していました。それが、今ではお父さんが一番溺愛しているという(笑)。
出典:CREA(文藝春秋)(2025年2月21日)
猫アレルギーでも猫嫌いでもなく、単純に「飼う責任」を心配していたからこその反対だったのかもしれません。
最終的に誰よりも溺愛する存在になったというエピソードは、頑固な外見の裏にある父親の情の深さを鮮やかに映し出しています。
エピソードから推察する父親像
父親の氏名・職業は非公表ですが、複数のエピソードから人物像を推察することができます。
以下の3点をまとめると、「頑固だが情に厚く、最終的には家族の意志を尊重するタイプ」という像が浮かびあがります。
- 猫の保護を最も強く反対しながら、最終的に一番の溺愛者になった
- 子ども2人を私立高校に進学させ、女優への上京も最終的に認めた
- 「最近までうまくいかなかった」と言いながら、現在は良好な関係を築いている
父親の職業については「普通の会社員」という本人の言及のみが確認でき、具体的な職種は公表されていません。
「最初は強く反対するが、時間をかけて相手の気持ちを理解し最終的に受け入れる」というパターンが、猫のエピソードにも女優デビューのエピソードにも共通しています。
このことから、頑固だが愛情深い父親像が推察できます。
兄との絆——空手と幼少期の思い出

兄の背中を追って4歳から空手をスタート、初段取得
円井わんさんは4歳から空手を始め、國際松濤館空手道連盟で初段(黒帯)を取得しています。
きっかけは兄が空手を習っていたことに影響を受けたため。
「兄の背中を追った」という形で自然と始めたものです。
初段という実力は、幼少期から長年にわたって稽古を積み重ねた証です。
現在も特技として「空手の型」を挙げており、俳優としての身体感覚や表現力にも兄の影響が生きている可能性があります。
小学3年生まで兄の友達と遊んでもらった——そしてお断りされた日
幼少期の円井わんさんは小学3年生頃まで兄の友達に混ぜてもらい、一緒に遊ぶことができていました。
しかしそれ以降は徐々に断られるようになり、「それがちょっと寂しかった」と本人が語っています。
兄が年上として自分の世界を広げていく中で生じた距離感は、多くの人が共感できる普遍的な感情でもあります。
それでも兄の影響で空手を続け、今も仲の良いエピソードを語れることが、2人の間にある確かな絆を物語っています。
円井わんについてよくある質問
Q1:円井わんの両親の職業は何ですか?
A:現時点では具体的な職種は公表されていません。
本人がインタビューで「私の親は普通の会社員なので」と語っており、一般企業に勤める共働きの夫婦であることは確認できています。
氏名・勤務先等の詳細は一般人のプライバシーとして非公開とされており、今後も公表される可能性は低いと考えられます。
Q2:円井わんの実家はどこですか?
A:出身は大阪府です。
本人が複数のインタビューで大阪育ちであることを語っており、進学した香ヶ丘リベルテ高校も大阪府内の学校です。
2020年に「地元はめっちゃ嫌いなんです」と語った時期を経て、現在は家族と良好な関係を築いていることが各インタビューからうかがえます。
Q3:円井わんに兄弟はいますか?
A:お兄さんが1人います。
年齢・名前は非公表ですが、幼少期から空手を一緒に習っていたエピソードや、小学3年生頃まで兄の友達と遊んでもらっていたエピソードが複数語られています。
兄も私立高校に在学していたことが本人の発言から確認できます。
Q4:円井わんの本名は何ですか?
A:本名は「中西麻梨香(なかにし まりか)」と複数のメディアが報じています。
「円井わん」は芸名で、その由来は犬(ワン)に関係していると報じられています。
「中西麻梨香」名義での活動は現時点では確認されていません。
Q5:円井わんの親は女優の道に反対していましたか?
A:はい、当初は両親・親戚一同が猛反対していました。
本人が家族に内緒でオーディションを受け続けたほどで、バレた後も激しく反対された経緯があります。
最終的に母親の「24歳でダメなら帰ってきなさい」という約束で上京が認められ、これが女優・円井わんの出発点となりました。
まとめ
- 円井わんは父・母・兄の4人家族で、実家は大阪府。両親は共働きの会社員夫婦
- 母親は仕事・家事・育児をすべてこなす多忙な人物。「24歳の約束」が女優誕生の出発点となった
- 両親の反対理由は「芸能界が分からない」という不安からで、最終的には応援に変わった
- 上京後に映画好きのバーでアルバイトし、映画監督との出会いから映画『獣道』でデビューを果たした
- 父親は猫の保護に最も反対しながら今では一番の溺愛者という印象的なエピソードがある
- 兄の影響で4歳から空手を始め初段を取得。命を大切にする家庭環境が円井わんの感性の原点となっている
注目すべきは、猫の件でも女優デビューの件でも「父親が最初に最も強く反対し、最終的には最も深く受け入れる」という構造が一致している点です。
これは、心配だからこそ声を大にして反対し、納得すれば誰より全力で愛情を注ぐという父親の気質が、一貫して働いていたからではないでしょうか。
反対されながらも夢を諦めず、母の「24歳の約束」をしっかり守って結果を出した円井わんさん。
その背景には、頑固だが情の深い父と、懸命に家族を支えた母、そして一緒に育った兄の存在があります。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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